公開日:2026年3月
「あれ、お正月は1月1日なのに、なんで新学期や新年度は4月から始まるんだろう?」
毎年3月末になると感じるこの違和感、実はちゃんとした歴史的な理由があります。しかもその理由が、お米・財政赤字・軍隊・イギリスという意外な要素だらけで、知るとちょっと驚きます。
今回はその「なぜ?」を丁寧に解説します!
そもそも「年」と「年度」は別物
まず大前提として、「年」と「年度」は全く別の概念です。
「年(ねん)」:1月1日〜12月31日(カレンダー通りの区切り) 「年度(ねんど)」:4月1日〜翌年3月31日(会計・学校などの区切り)
ひと口に「年度」と言ってもその種類はいくつかあり、国や地方公共団体では4月1日から翌年の3月31日までを一区切りとする「会計年度」が用いられています。また、日本の学校で採用されている「学校年度」の期間も、会計年度と同じように4月1日に始まり翌年3月31日で終わります。
つまり「新年」は暦の話で、「新年度」は行政・学校の都合で決めたルール。この2つが違う月に始まるのは、それぞれ別々の歴史で決まったからなのです。
実は4月始まりは最初からじゃなかった!
明治政府により会計年度が初めて制度化された明治2年(1869)は、10月始まりでした。続いて、西暦を採用した明治6年からは1月始まりになりました。つまり、暦年と年度の始まりが同じ時代があったのです。明治8年からは、地租の納期にあわせるという目的で、7月始まりになりました。
整理するとこうなります。
| 時期 | 年度の始まり |
|---|---|
| 明治2年(1869)〜 | 10月始まり |
| 明治6年(1873)〜 | 1月始まり |
| 明治8年(1875)〜 | 7月始まり |
| 明治19年(1886)〜 | 4月始まり(現在) |
わずか17年の間に4回も変わっています。なぜこんなにコロコロ変わったのでしょうか?
理由①|お米の収穫サイクルに合わせた
最初に年度が「10月始まり」だった理由は、お米にあります。
江戸時代は米による税金(年貢)の納付でしたが、明治期に入ってからの税金はすべて現金による納付が原則とされます。そのため、米の収穫を終え、それを売って現金に換え、それから納税するという手間が必要になったわけです。
秋に収穫したお米を現金に換えて納税するまでには時間がかかります。その流れに合わせた結果、年度の始まりはしばらく秋〜夏の間をさまよっていたのです。
理由②|明治政府の「財政大赤字」が4月を生んだ
では、なぜ最終的に「4月」になったのか。ここが一番の核心です。
明治17年(1884)、その頃の日本は、国権強化策から軍事費が激増し、収支の悪化が顕著になっていました。当時の大蔵卿である松方正義は、任期中の赤字を削減するために、次年度の予算の一部を今年度の収入に繰り上げる施策を実施しました。
しかしこれはあくまで帳尻合わせ。根本的な解決にはなりません。そこで松方正義が取った策が「年度そのものを変える」というものでした。
松方は、18年度を3カ月短くした9カ月にするという方法を考えます。当時の年度は7月始まり〜翌6月末という形態でしたので、18年度を7月始まり〜翌年3月までとし、明治19年度から4月始まり〜翌年3月に固定する決定を行いました。
つまり「4月始まり」は、軍事費の使いすぎによる財政赤字を帳消しにするための苦肉の策だったのです!
理由③|当時の超大国「イギリス」の真似をした
もうひとつの重要な理由が、イギリスの存在です。
「当時世界一の大国であったイギリスの会計年度が4月に始まるのにあわせたのだといわれています」という記録も残っています。
明治時代の日本は近代国家づくりのお手本を欧米に求めており、強大な経済力を誇ったイギリスの制度を積極的に取り入れていました。会計年度もその一つだったというわけです。
学校が4月始まりになった理由
会計年度が4月になったのはわかりました。では学校の新学期はなぜ4月になったのでしょうか?
もともと日本の学校では、入学時期は実は9月でした。ドイツやイギリスの教育制度を参考にしたためといわれています。それがなぜ4月入学になったかというと、国の「会計年度」に合わせたからです。明治19年(1886)、国の会計年度は4月始まりと設定され、学校もそれにならったのです。
さらに、もう一つ重要な理由がありました。
明治19年と同時期に「徴兵令」も改正されました。徴兵対象者の届け出期日を9月1日から4月1日に変更したのです。それにともない、士官学校の新学期も4月となりました。士官学校の入学時期が4月に変更となると、9月始まりだった一般の学校は、優秀な若者が陸軍に先取りされてしまうかもしれない、と危機感を抱きました。そこでこぞって4月始まりへと変わっていったのです。
**「軍の入学が4月になったから、優秀な人材を取られる前に自分たちも4月にしよう」**というライバル心が、学校の4月始まりを加速させたのです!
4月始まりを変えようとした人がいた
実はこの4月始まり、変えようとした人物がいました。
1962年(昭和37年)頃に、当時自民党政調会長だった田中角栄が法律を改定して国の会計年度を1月〜12月にしようと考えました。しかし当時の大蔵省(現財務省)から、変えるべき法律が多すぎるので難しいとの反対を受け、結局変更は見送られます。
田中角栄の改革案もあっさり却下。それほど「4月始まり」は社会全体に深く根付いていたのです。
世界の新学期・年度始まりはどう違う?
4月が新学期の主な国は、日本、インド、ネパール、パキスタンなどごく少数。ほとんどの国は9月始まりが一般的です。
また会計年度の始まりも国によって全然違います。
| 始まりの月 | 主な国 |
|---|---|
| 1月 | アメリカ・中国・ドイツ・フランス・韓国など多数 |
| 4月 | 日本・イギリス・インド(一部)・南アフリカ |
| 7月 | オーストラリア(大部分)・ニュージーランド |
| 9月(学校) | アメリカ・ヨーロッパ・中国・韓国など多数 |
| 10月 | アメリカ(連邦政府の会計年度) |
日本の4月始まりは、世界的には少数派であることがよくわかります。
「桜と入学式」はたまたま重なった?
「4月に入学式があるから桜が咲き誇る中での門出が美しい」というイメージがありますよね。でも実は逆で、4月に年度が決まったから桜の時期と重なったのです。
財政赤字の帳尻合わせと軍の都合が生んだ「4月始まり」が、桜という日本の象徴的な花と偶然重なり、「春=新生活」という美しい文化になっていったのです。
歴史って不思議ですよね。
まとめ|4月始まりの理由
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| お米の収穫サイクル | 秋に収穫→換金→納税のサイクルが4月落着 |
| 財政赤字の帳尻合わせ | 明治政府の軍事費膨張→松方正義が年度を操作 |
| イギリスの真似 | 当時の超大国・イギリスの会計年度が4月始まり |
| 軍隊の徴兵制度 | 士官学校が4月入学→一般学校もライバル心で追随 |
| 会計年度に学校が合わせた | 国の補助金をもらうために会計年度に合わせた |
「なんとなく4月から始まるもの」と思っていた新年度ですが、その裏にはお米・軍事費・財政赤字・大国イギリスへの憧れという、複雑な歴史が絡み合っていたのです。
今年の4月をむかえるとき、ちょっとだけ明治時代の日本に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
この記事が参考になったら、SNSでシェアしてもらえると嬉しいです✨
▶ 関連記事(内部リンク)