ランドセルって、なぜ日本だけなの?軍隊から始まった意外すぎる歴史

生活

公開日:2026年3月


4月になると街で見かける、ピカピカのランドセルを背負った新1年生。「ああ、春だなあ」という気持ちになる光景ですよね。

でも、世界中の国を見渡しても、日本の子どもみたいに全員が同じ形の硬い箱型バッグを背負って登校している国は、ほぼありません。なぜ日本だけがこうなったのか、調べてみたら予想外の歴史が出てきました。


起源は江戸時代の軍隊

ランドセルの語源はオランダ語の「ransel(ランセル)」。「背負いカバン」という意味です。

江戸時代、幕府が西洋式の軍隊制度を導入する際にオランダから持ち込まれた、兵士用の布製の背嚢(はいのう)がランドセルの始まりとされています。「ランセル」が日本人の発音で「ランドセル」になったというわけです。

つまり最初は子どものカバンではなく、兵士が使う軍用品でした。


学習院の「平等教育」がきっかけ

これが子ども用になったきっかけは、明治18年の学習院です。

当時の学習院は皇族や貴族の子どもが通うエリート校でした。ある子は馬車で、ある子は使用人に荷物を持たせて登校する。これを見た学習院は「学校では皆平等、家庭環境を持ち込むべきではない」として、馬車や使用人の荷物持ちを禁止したのです。

そして「両手が空いて、自分で背負える」カバンとして採用されたのが、軍隊用の背嚢でした。


伊藤博文が献上して一気に広まった

決定打となったのは明治20年のこと。当時皇太子だった大正天皇が学習院に入学する際、内閣総理大臣の伊藤博文が入学祝いとして「箱型の通学カバン」を特注して献上しました。

これが今のランドセルの原型で、「学習院型ランドセル」と呼ばれています。形状や寸法は130年以上たった今もほぼ変わっていません。

大正天皇が使ったことで世間の注目を集め、徐々に広まっていきましたが、当時は牛革製の高級品だったため一般庶民にはまだ手が届かず、地方の子どもたちは風呂敷や布製のカバンを使っていました。


全国に普及したのは戦後

ランドセルが全国の小学生に普及したのは、高度経済成長期の昭和30〜40年代ごろのことです。それまでは都市部の上流家庭から徐々に広まっていった、という流れでした。

ちなみに戦時中は軍用品に革が優先使用されたため、紙や竹で編んだランドセルも登場したとのことです。戦後の混乱期にはサメやアザラシの革、さらにはアルミ製のものまであったというのだから、なかなかカオスな時代です。


世界から見たランドセル

海外の小学生が使う通学カバンは国によって様々で、手提げ、ショルダーバッグ、リュックなど形もバラバラです。「全員が同じ頑丈な箱型カバンを6年間使う」という文化は、日本以外にはほとんどありません。

ところが最近は海外で「RANDOSERU」がファッションアイテムとして人気を集めています。丈夫な作りと独特のデザインが受けているようです。もともと軍用品だったものが、今は海外のオシャレアイテムになっているというのは、なんとも不思議な旅路ですよね。


まとめ

ランドセルの歴史をたどると「オランダの軍用品→幕府の軍隊→学習院の平等教育→伊藤博文の贈り物→全国の小学生」という流れになります。

「子どもたちを平等に」という理念から生まれたカバンが、今も変わらない形で使われ続けている。そう思うと、毎年春に見かけるランドセル姿がちょっと違って見えてきませんか。



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